スクリプトリウム社のファクシミリ

ローマ帝国時代にはすでに書類や手書き原稿の伝統的な手工芸としてのファクシミリ(写本)の編纂は始まっていました。印刷技術の発明により、羊皮紙の使用は紙と比べて費用が高く、また、新しい印刷技術と羊皮紙を組み合わせて使用することの難しさなどの理由から、徐々にその伝統は失われつつあります。現代においては、最新の技術により非常に短期間で多数のファクシミリを製作する方法もとられています。その多くは技術との相性が良い紙が使用されています。

しかし、当然ながら、耐久性、手触り、香り、質感、均一性、自然な美しさといった天然羊皮紙の特徴は、どんな高級な種類の紙でも真似することはできません。専門の職人が道具を駆使しすべての工程を丁寧な手作業によって製作した、優れた天然素材の羊皮紙で作られたファクシミリは最高の芸術品です。

スクリプトリウム社は、創業時から、あらゆる種類の紙を使用してファクシミリを制作してきました。版を重ねるごとに、愛好家、専門家そして顧客から、「写本を1000年前、2000年前に羊皮紙に筆写していたのなら、なぜいまそれができないのか」という問い合わせをいただきました。10年前、こうした写本愛好家や顧客、さらに写本を保存する図書館などの機関の支援を受け、私たちは、天然の羊皮紙を使って、オリジナルの写本を当時の手作業で忠実に再現するファクシミリを作り、中世の伝統を復興するというエキサイティングな冒険に乗り出しました。私たちのファクシミリ作品はすべて、いにしえの時代に作られたのと同じように、一枚一枚手作業で作られ、中世写本の美しさを真正の写本同様に伝えています。 昔ながらの羊皮紙は、自然の素材であり羊皮紙そのものに生命が宿っているため、機械ではなく、人の手によって作られています。紙で作られたファクシミリと羊皮紙を使って作られたファクシミリ。その違いは一見するとわからないかもしれません、しかし一度、手で触れるとその違いは明白です。ページをめくるたびに、羊皮紙そのものの美しさが手に取るように伝わります。手仕事で綴じられた羊皮紙、一枚一枚のページが奏でる音楽は私たちに語りかけてくれます。耐久性、香り、手触り、質感は、まさに宝物を手にしているという喜びを与えてくれます。

羊皮紙加工 スクリプトリウム社では中世の手作業を忠実に再現しています

羊皮紙職人の仕事がどれほど重要だったかは製作法が記された写本が多数残っていることからもわかる(ブリンガー、2017年)と指摘されるように、羊皮紙は皮をはぎ、汚れや毛や肉を取り除き、乾燥させる。ナイフで表面を削り整え、文字が書き込めるように皮を柔らかくしなやかにし、本の形に整え、ページ数に合うように折込み、重ね合わせ裁ち落とす。この一連の手作業は大変苦労のかかるもので、中世においては、たとえ穴や裂け目があったとしてもそれを工夫して使っていたことから、羊皮紙は貴重な素材であったことをうかがい知ることができます。

羊皮紙装飾本 現在につなぐ職人が使用する道具
厳選された素材 羊皮の厳しい品質管理
熟練職人による洗浄
羊皮なめし工程 余分な油分の調整
羊皮なめし工程 表面研磨
収縮具合を調整しながらの乾燥
乾燥後、再び厳しい品質管理
ファクシミリに合わせての切断

羊皮紙から写本製本へ

絵具、インク、羽根ペン、周囲の形が一枚一枚異なる羊皮紙、といった材料が全て揃って初めて、本をつくる作業が始まる(ブリンガー、2017, p.30)といわれるように、羊皮紙ができあがると中世では次に、修道院写字室の専門の書記が文字を書き入れ、装飾文字画家が文字の装飾やイニシャルを施し、写本画家が細密画を書き入れます。

中世の書記の多くは修道院の修道士たちで、書写は単なる作業ではなく、神への奉仕であると考えられていました。当時、書写は神の言葉を書き言葉で後世に伝える意味もあり、「手による説教」と表現されたといいます。ブリンガー (2017, p.58)は、トリテミウス「写字生の賛美について」に、つぎのような賛辞が述べられていると指摘します。

「説教者は目の前にいる人たちだけに語りかけるだけだが、写字生は未来の人間にも説教をする」

彩色され織り込まれた羊皮紙を革紐で綴る
彩色され織り込まれ綴られた羊皮紙 
ページを丁寧に織り込む
表紙装丁の下準備
革表紙で大切な中身を包む 完成まで近い
各分野専門職分業の伝統を継承

◆主な参考文献(発行年新順)

●書籍

『中世の写本ができるまで』 白水社
クリストファー・デ・ハメル著、立石 光子訳、加藤 磨珠枝監修(2021)

『世界でもっとも美しい装飾写本』 エムディエヌコーポレーション
田中久美子著(2019)

『写本の文化誌』 白水社
クラウディア・ブリンガー・フォン・デア・ハイデ著、一條麻美子訳 (2017)

『中世パリの装飾写本』 工作舎
前川久美子著(2015)

『ベアトゥス黙示録註解』 岩波書店
ゴンサレス・エチェガライ著、大高保二郎訳(1998)

●論文

「ベアトゥス写本研究の現在:近年の研究成果に照らして」Los Beatos: estado de la cuestión a la luz de los datos aportados en las últimas décadas」Miguélez, Alicia (2019), 久米順子訳『スペイン・ラテンアメリカ美術史研究』第20号、p.29-41

「西洋中世写本の複製について」折田洋晴(2002)『参考書誌研究』第57号

「国立国会図書館所蔵複製西洋中世写本目録」十文字香奈子, 佐藤典子 折田洋晴. 北村弥生安部さち子 (2002)『参考書誌研究』第57号

「日本における西洋中世写本挿絵研究の歩み」鼓みどり(2010)『人間発達科学部紀要』 第5巻第1号,151-160.

●参考サイト

羊皮紙工房 http://www.youhishi.com/introduction.html